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熊本地方裁判所八代支部 昭和42年(ワ)70号 判決

原告 田中万作

被告 水野登

主文

被告から原告に対する熊本地方法務局所属公証人土肥義雄作成第三五九五九号金銭消費貸借契約公正証書に基づく強制執行は金二〇万二六八九円とこれに対する昭和四一年六月二四日から支払ずみまで年三割六分の割合による金員をこえる限度においてこれを許さない。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

本件について当裁判所が昭和四二年七月五日にした強制執行停止決定は、この判決の一項の限度においてこれを認可し、その余を取り消す。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

(原告の申立)

被告から原告に対する前記公正証書に基づく強制執行は金一八万七〇八六円とこれに対する昭和四一年七月一日から支払ずみまで年三割六分の割合による金員をこえる限度においてこれを許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

(被告の申立)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、当事者双方の主張ならびに答弁

(請求原因)

一、被告から原告に対する債務名義として前記公正証書があり、これには、被告は訴外合資会社肥後ブルトーザー工業所(以下単に訴外会社という。)に対し昭和四一年三月二二日金四七万円を、利息年一割八分、弁済期日同年五月二五日、損害金年三割六分と定めて貸与し、原告、訴外田中和三、同田中俊秋は被告に対し昭和四一年三月二二日訴外会社の右債務を連帯して保証し、直ちに強制執行を受けるべきことを認諾した旨の記載がある。

二、(一) その前、被告は訴外会社に対し昭和四〇年七月一日金三〇万円を利息年一割八分、弁済期日同年九月二五日、損害金年三割六分と定めて貸与し、原告、訴外田中和三、同田中俊秋は被告に対し同年七月一日右債務を連帯して保証し、直ちに強制執行を受けるべきことを認諾して、熊本地方法務局所属公証人土肥義雄作成第三三九七四号金銭消費貸借契約公正証書を作成した。

(二) 右貸与を受ける際訴外会社は被告から(1) 利息五万四〇〇〇円、(2) 手数料一万五〇〇〇円、(3) 調査費用六〇〇〇円、(4) 損料二〇〇〇円、(5) 公正証書作成費用三〇〇〇円を天引されたが、右(2) 、(3) 、(4) の金員は債務者である訴外会社が負担すべきものではない。

(三) その後訴外会社らは被告に対し、

(1)  昭和四〇年一〇月三〇日金二万七〇〇〇円を、

(2)  同年一二月二五日金五万四〇〇〇円を、

(3)  同四一年一月二五日金二万七〇〇〇円を、

(4)  同年二月一日金二万七〇〇〇円を、

(5)  同年三月二二日金三万三〇〇〇円を、

弁済した。

(四) そうすると、利息制限法に従つて計算すると、昭和四〇年七月一日の元金三〇万円の消費貸借契約に基づく昭和四一年三月二二日現在の残存債務額は元金残額一〇万五八九円とこれに対する昭和四一年三月二三日から支払ずみまで年三割六分の割合による遅延損害金となる。

三、(一) その後被告は訴外会社に対し昭和四一年三月二二日金一七万円を貸与したのであるが、その際(1) 利息二万三五〇〇円、(2) 世話料二万三五〇〇円、(3) 公正証書作成費用三〇〇〇円を天引されたが、右(2) の金員は債務者である訴外会社が負担すべきものではない。

(二) そこで、利息制限法に従つて計算すると、貸与日である昭和四一年三月二二日現在の右貸金一七万円の残存元本は一二万九五九二円となる。

(三) そして、訴外会社は被告との間で昭和四一年三月二二日、右二の(一)の貸金三〇万円と、右三の(一)の貸金一七万円に基づく債務を承認し、右合計金四七万円を、前記一のとおり利息年一割八分、弁済期日同年五月二五日、損害金年三割六分と定めて消費貸借の目的とする契約を締結したものである。

(四) 従つて、昭和四一年三月二二日当時訴外会社の被告に対する旧債務は前記二の(四)と、三の(二)の合計額しか存在しなかつたのであるから、同日の右新契約に基づく元本は二三万一八一円にすぎない。

(五) その後、訴外会社らは被告に対し昭和四一年六月二三日金五万円を弁済した。

(六) そうすると、利息制限法に従つて計算すると、昭和四一年三月二二日の貸金四七万円の消費貸借および準消費貸借の混合契約に基づく同年六月二三日現在の残存債務額は元金残額一八万七〇八六円とこれに対する昭和四一年七月一日から支払ずみまで年三割六分の割合による遅延損害金となる。

四、そこで、原告は金一八万七〇八六円とこれに対する昭和四一年七月一日から支払ずみまで年三割六分の割合による金員をこえる限度において前記第三五九五九号の公正証書に基づく強制執行の排除を求める。

(答弁)

一、請求原因一の事実は認める。

二、同二のうち、(一)の事実、(二)のうち被告が利息五万四〇〇〇円を天引したこと、(三)のうち(3) 、(4) 、(5) の事実は認めるが、その他の事実は否認する。

三、同三のうち、被告が訴外会社に対し昭和四一年三月二二日金一七万円を貸与したことは認めるが、その他の事実は否認する。被告は訴外会社に対し同日、原告主張の第三五九五九号の公正証書記載のとおり、金四七万円を利息年一割八分、弁済期日同年五月二五日、損害金年三割六分と定めて貸与したのである。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二、(一) 請求原因二の(一)の事実、被告が訴外会社に対し右貸与をする際利息として金五万四〇〇〇円を天引したこと、その後訴外会社らが被告に対し昭和四一年一月二五日と同年二月一日に各金二万七〇〇〇円を、同年三月二二日に金三万三〇〇〇円をそれぞれ弁済したことは当事者間に争いがない。

(二)、証人田中和三の証言(一、二回)、同証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証ならびに同第九ないし第一一号証の各一、二、証人坂元三男の証言および被告本人尋問の結果(ただし、後記認定に反する部分を除く。)を綜合すると、被告は訴外会社に対し右金三〇万円を貸与する際、訴外会社の承諾を得て、調査費用として金六〇〇〇円を、損料として金二〇〇〇円を、公正証書作成費用として金三〇〇〇円を天引し、訴外会社から依頼を受けて被告の同会社に対する右金融を斡旋した訴外坂元三男に対し世話料として金一万五〇〇〇円を交付し、結局訴外会社には右三〇万円から右合計金二万六〇〇〇円と前示天引利息五万四〇〇〇円を控除した金二二万円を交付したこと、その後訴外会社又はその代表者代表社員田中俊秋の父である訴外田中和三が被告に対し昭和四〇年一〇月三〇日に金二万七〇〇〇円を、同年一二月二五日に金五万四〇〇〇円をそれぞれ弁済したことを認めることができる。被告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して信用することができず、その他に右認定を覆すにたりる証拠はない。

(三) そうすると、前記調査費用六〇〇〇円および損料二〇〇〇円は利息制限法三条により利息とみなされるのであるが(ちなみに、前記世話料一万五〇〇〇円は前述のとおり債権者である被告が受領した金員ではないし、また前記公正証書作成費用三〇〇〇円は契約締結に要した費用であるから、これを特約によつて債務者である訴外会社に負担させても、それは何ら利息制限法の禁ずるところではない。)、他方利息を天引した場合において、天引額が債務者の受領額を元本として同法の制限利率により計算した金額をこえるときは、その超過部分は元本の支払に充てたものとみなされる(同法二条)ところ、右みなし利息八〇〇〇円および前示純利息五万四〇〇〇円の天引合計額六万二〇〇〇円は、訴外会社の受領額二三万八〇〇〇円を元本とする右貸与の日である昭和四〇年七月一日から弁済期日である同年九月二五日まで年一割八分の割合による利息金一万二一一円を五万一七八九円だけこえているのであるから、右超過部分は元金三〇万円の支払に充てたものとみなされる結果、右貸与当日の右残存元本は金二四万八二一一円となる。

(四) 前示五回にわたる弁済額を民法四九一条により法定充当すると、別表のとおり昭和四一年三月二二日現在の右金三〇万円の消費貸借契約に基づく訴外会社の残存債務額は元金一一万五二一九円だけとなる。

三、(一) 被告が訴外会社に対し昭和四一年三月二二日金一七万円を貸与したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三、四号証、証人田中和三の証言(一、二回)により真正に成立したものと認められる甲第二、第六、第八号証、同証人、同坂元三男の各証言および被告本人尋問の結果(ただし、後記信用しない部分を除く。)を綜合すると、次の事実を認めることができる。

訴外会社は坂元三男を介して被告に対し昭和四一年三月頃拾数万円の金員借用方を申し入れたところ、被告から前の金三〇万円の弁済がなされないと貸されないから、金四七万円を貸与するが、同時に内金三〇万円を前の昭和四〇年七月一日の消費貸借契約に基づく債務の弁済に充当することにして差し引き、残金一七万円を現実に貸与する方式をとるなら応じようという申し込みを受けたのでこれを承諾した。そこで、被告は訴外会社に対し同年三月二二日金一七万円を貸与したのであるが、その際同会社の承諾を得て利息として金二万三五〇〇円を、世話料として金二万三五〇〇円を、公正証書作成費用として金三〇〇〇円をそれぞれ天引し、訴外会社との間で同日右貸金一七万円と昭和四〇年七月一日の消費貸借契約に基づく元金三〇万円の合計額四七万円を利息年一割八分、弁済期日同四一年五月二五日、損害金年三割六分と定めて消費貸借の目的とする契約を締結し、同契約に基づく債務について前示第三五九五九号の公正証書(甲第三号証)を作成するとともに、前の昭和四〇年七月一日の金三〇万円の消費貸借契約に関する前示第三三九七四号の公正証書(甲第四号証)を訴外会社に返戻した。

以上の事実を認めることができ、被告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して信用することができず、他に右認定を覆すにたりる証拠はない。

(二) 右事実関係によれば、前示のように貸与すべき四七万円から旧債務に充当すべき分として三〇万円を差し引いて残金一七万円を貸与しようと、或るいはかねての合意に基づき貸主が借主に対し一旦四七万円を貸与した上その場で直ちに三〇万円の支払を受けて旧債務の弁済に充当した場合であろうと、借主は右三〇万円から旧債務の残存額を控除した金員については事実上の支配力を獲得せず、何らの経済的利益を受けないから、結局借主が右三〇万円について受ける経済的利益は旧債務の残存額について支払を免れることに尽きる。そうすると、右契約によつて当事者の達成しようとする社会的目的は、客観的には、金一七万円についての現実の貸与と残余の三〇万円について新たに財産上の利益を授受することなく、既存の金三〇万円の消費貸借契約に基づく債務を基礎として貸与の効果を発生させることにある。従つて、右契約は貸金一七万円についての消費貸借契約と、昭和四〇年七月一日の金三〇万円の消費貸借契約についての準消費貸借契約との混合契約であると解するのが相当である。しかしながら、昭和四〇年七月一日の金三〇万円の消費貸借契約に基づく旧債務のうち前示元金一一万五二一九円をこえる債務は強行法規である利息制限法に違反して無効であるから、これについては準消費貸借契約は成立しない。そうすると、昭和四一年三月二二日の右新契約の元本は二八万五二一九円となる。

(三) そうだとすると、昭和四一年三月二二日の新契約(混合契約)に基づき借主である訴外会社が得た経済上の利益は旧債務の残存元本一一万五二一九円(これは既に得ている経済的利益である。)、現実に授与された現金一二万円、公正証書作成費用三〇〇〇円の合計二三万八二一九円であるので、前記世話料二万三五〇〇円のみなし利息(同法三条)および前示純利息二万三五〇〇円の天引合計額四万七〇〇〇円は、訴外会社の右受領額二三万八二一九円を元本とする右貸与の日である昭和四一年三月二二日から弁済期日である同年五月二五日まで年一割八分の割合による利息金七四四四円を三万九五五六円だけこえているのであるから、右超過部分は元金二八万五二一九円の支払に充てたものとみなされる結果、右貸与当日の右残存元本は金二四万五六六三円となる。

(四) 前示甲第二号証、成立に争いのない甲第五号証、証人田中和三の証言(一回)および被告本人尋問の結果によると、訴外会社又は訴外田中和三は被告に対し昭和四一年六月二三日に金五万円を電信為替で送金して弁済したことを認めることができ、右認定を左右するにたりる証拠はない。

そこで、右弁済金五万円を民法四九一条により法定充当すると、内金七〇二六円は前示残元金二四万五六六三円に対する昭和四一年五月二六日から同年六月二三日までの年三割六分の割合による遅延損害金に、内金四万二九七四円は右元金内金にそれぞれ充当されるので、訴外会社の被告に対する残存債務額は右元金残額二〇万二六八九円とこれに対する昭和四一年六月二四日から支払ずみまで年三割六分の割合による遅延損害金だけとなる。

四、そうすると、被告から原告に対する前示第三五九五九号の公正証書に基づく強制執行は右債務をこえる限度においては許されないものといわなければならない。

そこで、原告の本訴請求は右認定の限度において理由があるからこれを認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、九二条本文を、強制執行停止決定の認可および取消ならびにその仮執行宣言について同法五六〇条、五四八条一、二項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池田憲義)

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